インタビュー「くみいとや綺羅」ものをつくる、ものがうまれるということ

アート&クラフト

八木駅から少し離れたところ、周りには畑や田んぼが広がる山のふもとの静かな工房で、吉良さんは「くみいとや綺羅」という看板の下、くみいとを制作しています。

くみいとをご存じですか。その名のとおり、様々な色の糸を組み合わせて飾り紐やリボン、着物帯などがつくられます。元々はヨーロッパで衣服の装飾用のリボンなどがくみいとで作られていました。当初は手作業で制作されていましたが、産業の機械化が進むにともなって、くみいとをつくるための機械も開発されました。それ以降、日本にもくみいといが入ってきました。時期ははっきりしませんが、およそ80年前のことだそうです。

吉良さんは京都市の出身です。京都市で織物の会社で働き始めてくみいとに出会い、その時から今まで50年以上作り続けておられます。40年ほど前に八木町に移住、のちに独立してくみいとを使った作品を制作・販売しています。

多様な色のハーモニー

「くみいとや綺羅」さんの工房には、様々な色のくみいとや仕上がった製品がたくさん並んでいます。くみいとは一本の糸を何十本も組み合わせて織ったり、複数の糸が撚られてできているものを一本として、それらをさらに組み合わせて織ったりします。主な素材として絹糸を使用していますが、綿やラメの入ったもの、一本の糸でも部分により色が変わるグラデーションがあるものなど、組む前の糸を見ているだけでも好奇心がくすぐられます。これらの多様な素材・色・織り方を掛け合わせ、様々な風合いのストールや首飾り、髪飾りなどの小物等、実に多様な形に仕上がるのです。さらに、織られたものをミシンを使って縫い合わせて、着物の帯など、より幅のある作品も作られます。

「たくさんのきれいな色がありますね」というと、「基本は3色やけどね」。そう、色の基本は三原色。基本の色があって、それらが混り合って様々な色に展開していきます。作品を見ていると、例えばパッと見たところは「青い」のですが、その青は、濃い青や薄い青、白や少しピンクのような暖色も織り込まれて、全体として「青い」のです。様々な色が響きあって温かい青になっているのです。まるで色のオーケストラのようです。見た目はとても繊細な様々な色の糸たちが吉良さんの手によってのようにそれぞれの音を奏でながら絡まりあって輝いているのです。

くみいとの機械は一つの大きな円盤状になっていて、外縁に糸を設置し、そこから中心に向かって何十本物糸が引っ張られ、機械がいとを組み合わせていきます。円盤の外側に長方形の木製のチップに穴をあけたものがいくつも並べられ、それがキャタピラのように円に対して垂直に回転することでくみいとが織られていきます。このチップの穴の開け方が糸の織り方のデザインにつながります。機械は4台あり、その周りにはたくさんの糸はもちろん、何万枚もあると見える大量のチップが工房の棚に積まれています。工房に飾られている仕上がった作品はもちろんほんの一部で、これまで想像もできないぐらいたくさんのパターンのくみいとを制作されてきたのだろうと思います。

ものをつくるということ

ものづくり全般に言えることだと思いますが、現在は何でも機械化されて、大量生産が可能な時代です。おそらく、吉良さんがくみいとの制作を始めてから今までというのは、それまで小規模で生産していたものが、コンピューター化や大規模工場化が進み、大量生産・大量消費の文化が出来上がってきた時代と重なるのではないでしょうか。そのように時代が変化する一方、吉良さんは個人事業者として一つ一つの製品を自らの手で作り続けてこられたことになります。独立したばかりのころは取引先を見つけることも大変だったとのことで、個人でものづくりを続けてこられた道のりには大変な苦労がたくさんあったこともうかがえます。それでも、今現在もくみいとの作品を作り続けられていることにとても満足されている様子が伝わってきます。

ものづくりというのは奥が深い、納得のいくものを作るにはまだまだだ、とおっしゃられます。ものを作るということは、同じことをしているようでも今日と明日は違う、続ければ続けるほど新たな発見があるのではないでしょうか。頭の中でつくるものを描いて、イメージ通りのものができることもあれば、そうでないものができることもあるようです。その言葉からは、これが最高のものだという完成形のものに出会うことの難しさが、そして、れからの作品作りに向けた強い意志がうかがえました。

吉良さんは南丹市の工芸家協会にも所属されていて、陶芸や木工など様々な分野の職人の方とお話しされることも多く、そうすることで新たなことを知り、勉強になるそうです。半世紀にわたって続けてこられたものづくりにも終わりはなく、さらに外に目を向けて視野を広げようとされる姿勢には、憧憬せずにはいられません
でした。

ものがうまれるということ

昔はお客さんの希望を聞き、要望されるものを作られていましたが、最近は自分が思うものを制作されます。こういう色を使ってこういうものを作ろう、と頭で描いて制作されます。イメージ通りのものができることもあれば、描いていたものと異なることができることもあります。それがものづくりの面白いところですね。そのようにしできた作品を、製品として売り出し、誰かが見つけて身に着ける。そして、見つけた人は必ずしも吉良さんが想定していた方法で身に着けるとは限らないようで、使い方はその人の個性が現れるところです。例えば、工房見学には外国の方が来られることもあり、首に巻いて身に着けるネックレスとして作ったものを腰に巻くのを見たときは、自身にとっても発見だったようです。なるほど、工房の作品は色とりどりで、さらに光の角度によっても色の様子が変わるのがわかり、わくわくします。そのような作品を生み出す人がいて、一方で、その作品に惹かれて、自分に似合う、そのものが輝いてみえると感じる方法で、工夫して身に着ける使い手がいる。そのような、作り手と使い手の創造のコラボレーションが生まれることもあるのですね。ものすごく素敵です。

今を、これからを生きていく人たちへ

吉良さんは、若い人には手をつかってものづくりをしてほしい、と力強く語ります。手を使って何かを生み出すことをしてほしい、ものづくりを楽しんでほしい、それを伝えたい。手や足など体を使って何かを生み出すこと、それはきっと人間の基本的な、人間らしい行為ではないでしょうか。

自分の手が働きかけて作品ができる、野菜や花が育つ、という答えが返ってくる。このような、「もの」や「自然」との対話や息の掛け合いは人間にとって不可欠なもの、私たちはもう一度それを思い出さなければいけないし、そういう環境で生きていくことが誰にとっても自然なんだろうと考えずにはいられません。

ものを生み出すことへの柔らかくも力強い作り手の情熱から生み出されるくみいとの作品たち。今日も窓から入る日の光の中できらきらと輝いて、誰かに身に着けられる日を待っています。

この記事を書いた人
わざどころPON

あなたの想いを形にする、地域の技のプラットフォーム。
あったらいいなを現実に。事業や活動の情報発信、商品開発のサポートを、南丹地域の人や物を介して伝えるコーディネートをしています。
実店舗は、雑貨屋さんのよう。地元の工芸作家の作品などが並びます。地元のお菓子や、作家さんのうつわでカフェコーナーもあります。
南丹ガールでは、PONから派遣したライターさんの記事を掲載しているのと、ドメインなどの管理をおこなっています。

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